関ヶ原日記
8月23日
岐阜城は東軍の一斉攻撃にさらされます。大手口を福島正則ら、瑞龍寺山から尾根伝いに浅野幸長ら、そして、かっての城主池田輝政が水の手口から攻めたのです。岐阜城はこの日のうちに落城。織田秀信は池田輝政らの助命嘆願もあり、円徳寺で剃髪、後に高野山に送られることになりました。織田信長が天下にはばたいた岐阜城が織田家嫡流、最後の晴れ舞台になったのです。藤堂高虎・黒田長政らは、攻め口がみつからず、河渡に陣していた石田勢を破り、高虎この日のうちに大垣城の西北・赤坂まで進出しています。石田勢・小西勢の撤退により、島津勢は取り残された形になり、この日のしこりが関ヶ原本戦にまで影響をおよぼしたともいいます。
宇喜多秀家は伊勢攻略に参戦する予定を変更して、桑名を経由して、大垣城に入りました。
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