関ヶ原日記
8月4日
徳川家康は浅野幸長(甲斐府中城主)・福島正則(尾張清須城主)・池田輝政(三河吉田城主)・九鬼守隆(志摩鳥羽城主)・細川忠興(丹後宮津城主)・加藤嘉明(伊予松山城主)・金森可重(飛騨高山城主長近の養子)・中村一栄(駿河府中城主一氏の弟・6月25日参照)・市橋長勝(美濃今尾城主)らに書状を送り、井伊直政を先鋒として派遣するので、直政の指示に従うよう申し送りました。大量の書状を送った後、家康はようやく小山をあとにしたのです。
大坂三奉行のひとり前田玄以が表舞台から退きます。病気だったようで、朝廷も玄以の病状を心配しています。
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