関ヶ原日記

7月27日
徳川家康は古田織部を佐竹義宣(常陸水戸城主)へ派遣しました。石田三成と親しかった義宣の行動に疑いの念をいだいていたからです。織部は義宣のお茶の先生でした。
西軍による田辺城攻撃をきき、智仁親王は細川幽斎に開城を奨めました。幽斎の文学的才能を惜しんでのことです。(1月25日・7月18日参照)この日、幽斎はこれを断り、「古今集証明状」および「和歌」を親王に、「源氏物語抄」・「二十一代集」を朝廷に献上しました。

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