関ヶ原日記

7月21日
徳川家康は江戸城を発ち、会津に向かって進軍。武蔵鳩谷に宿泊。
真田氏に下野犬伏で西軍からの密書が届きました。
石田三成と相婿(妻どうしが姉妹)になる昌幸(信濃上田城主)と大谷吉継の娘を妻にしている信繁(幸村)は西軍、妻が家康の重臣・本多忠勝の娘であった信之が東軍につくことになり、昌幸・信繁は赤城山麓をとおり上田に向かいました。途中、信之の居城・沼田城で信之の正室に入城を拒否されています。
宇都宮に着陣した細川忠興は、大坂からの知らせで、石田三成・毛利輝元が動き出したことを知ります。忠興は豊後に残る家臣と家康にその旨を報じています。

# 次のページ
* 前のページ

関ヶ原日記
1月 2月 3月
4月 5月 6月
7月 8月 9月
10月 11月 12月

最新のTOPICS
以前のTOPICS

戀HOME