関ヶ原日記

6月17日
徳川家康は鳥居元忠・内藤家長、松平家忠に伏見城の留守役を、木下勝俊(1月3日参照)には伏見城松の丸守備を命じました。家康は元忠に「この城は太閤が精魂こめ作ったもので、もし戦になり鉄砲の玉がきれるようなことがあったら、本丸天守にある金銀を玉に鋳なおして打て」と語ったといいます。

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