関ヶ原日記

5月29日
豊臣秀頼の命により、園城寺(大津市)勧学院の客殿が再建されました。園城寺は三井寺の名でも親しまれている天台宗の中核寺院のひとつ。延暦寺が山門、園城寺は寺門と呼ばれていました。1595年、園城寺は秀吉から突如破却を命じられ、1598年、秀吉の亡くなる前日、再建が認められました。客殿工事の奉行は毛利輝元で、襖絵は狩野永徳の嫡男、光信が筆をとりました。なお、園城寺金堂も、高台院(秀吉の正室・お禰)の寄進により、前年の12月1日に再建されています。奉行は毛利輝元でした。

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