関ヶ原日記

2月18日
この頃、淀殿は30代半ば、松田聖子ばりの噂の主人公でした。淀殿が秀頼の兄・鶴松を産んだ時、本当の父は秀吉でないという噂を宣教師が書き記していますし、大野治長との不倫・はてまた家康と淀殿が祝言をあげるという風聞まで確かな文献に残っています。江戸時代に入ると、前田利長・名古屋山三郎との不倫話まででっちあげられ、スキャンダラスな女王というイメージが定着し「淀君」とよばれるようになったのです。

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