
大名茶
茶道は寺や町方から誕生し、桃山時代になると大名,公家,町人,僧侶など幅広い支持層を得た。しかし、江戸時代になって各身分差が顕著になると,次第に支配階級である武士にあった茶道を作り上げる必要に迫られた。
『古田家譜』によると、利休が死んだあと、すでに秀吉が織部に命じて武家風の茶を考えるよう示唆したとある。だが、織部にはかぶき者な性格があるため、小堀遠州、片桐石州らとはいささか趣がことなる。
遠州,石州の茶では封建社会を支える儒教的な思想を茶道に盛り込み,洗練度の高い美しさを見せている。また名物道具を中心とする書院台子の茶の伝統をその点前に包含するなど,大名茶としての要件を備えているといえよう。とくに石州の茶は広く武士階級に普及し,江戸時代後期に至って松平不昧,井伊直弼など、有力な大名茶人を輩出させた。
人物詳細
古田織部
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織部焼き
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