[ウェブマガジン] WEB MAGAZINE vol.015



第1回「和紙の里美濃町と美濃和紙の歴史」


01 水に育まれた和紙の里
02 豪商が軒を並べる卯建(うだつ)のまち
03 春の訪れを告げる「美濃まつり」
04 正倉院に残る最古の紙
05 大矢田の紙市
06 家康の采配に使われた紙
07 近代以降の紙業界の変容
08 美濃和紙の里会館


豪商が軒を並べる卯建(うだつ)のまち

この町を発展させたのは、戦国の武将で飛騨高山や越前大野を築いた金森長近です。関ケ原合戦の功により徳川家康からこの地を加増された長近は1600年(慶長5)、小倉山に城館を構え、長良川に川湊を開いて産業、交通の中心地として繁栄させたのです。水運の要衝として栄えた旧上有知湊には、江戸中期に建てられた木造のめずらしい燈台が残っており、当時の繁栄ぶりがしのばれます。   尾張藩領となってからも商業の町としてますます繁栄し、現在も残る「目の字形」の町筋には紙問屋、原料店などの商家が軒を連ねました。しかし町が丘の上にあるため水利が悪く、火災が多かったため切妻屋根の両端を高く上げて類焼を防ぐ「卯建」という防火壁を設けるようになりました。当初は板葺きでしたが、瓦が使われるようになった江戸末期から明治にかけては、裕福な商家が競って豪華な飾り瓦の卯建をつくりました。「うだつがあがらない」という言葉がありますが、卯建は富と権勢のシンボルでもあったのです。



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