[ウェブマガジン] WEB MAGAZINE vol.011



第3回「五斗蒔(ごとまき)街道 −美濃焼の源流を辿って−」


01 五斗蒔街道の古窯群
02 土岐市美濃陶磁歴史館
03 多彩な織部の世界
04 元屋敷古窯跡
05 陶祖・加藤景延(かげのぶ)
06 美濃焼伝産会館と陶芸村
07 豊蔵資料館


豊蔵資料館

高根山を下り、可児市に入ってさらに北西に進むと、久々利川にかかる橋の手前に豊蔵(とよぞう)資料館の案内板があります。うっかりすると見落としてしまいそうなひかえめな看板です。車を止めて脇の細い山道を登ると、木立の中にひっそりとたたずむ清楚な建物が現われます。人間国宝・荒川豊蔵が最晩年に建てた資料館で、自作品に加えて収集品も展示しています。金・土・日曜日のみの開館ということですが、雨が降っている土曜日の午後、しかも交通の便もよくない場所にもかかわらず、かなりの見学者が訪れていました。大方のお目当ては、ここ大萱(おおがや)の牟田洞(むたぼら)窯跡で発見された、かの有名な筍絵の志野の陶片でしょう。   昭和5年、豊蔵は名古屋の旧家所蔵の「志野筍絵筒茶碗」を見た際、瀬戸産と信じられていた茶碗の底裏の土に、見慣れた美濃の土色を見つけました。早速このあたりの古窯を探してみると、なんと2日後にくだんの茶碗と同じ絵のついた陶片を見つけたのだそうです。この陶磁史の通説をくつがえす発見に運命的な出会いを感じた彼は、志野焼の復興を決意し、昭和8年、大萱に窖窯を築きました。
周辺には大萱古窯跡群と呼ばれる窯跡があり、現代の陶芸家たち十数人が工房を構えています。また、少し足をのばせば可児郷土歴史館もあり、市内の遺跡からの出土品が展示されています。


豊蔵資料館
 
陶磁史の通説を覆すきっかけとなった志野筍絵陶片



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