岐阜県の円空仏
[ 美濃の円空仏 ]
◇最初の円空仏
現在わかっているかぎりでもっとも古い円空仏は、美並村の根村神明神社に伝わる天照皇大神・阿賀田大権現・八幡大菩薩各座像の3体です。最初期の円空は、神々の恐ろしさを表現するため、まなじりをつり上げた忿怒形に仏像を刻みましたが、その特徴がよくあらわれています。美並村には円空ふるさと館があり、秋葉権現像など約80体の円空仏が展示されています。
◇円空のマドンナ
上之保村の鳥屋市(とやいち)不動堂に祀られている尼僧像は、古くから円空最愛の恋人の姿を写したものといわれ、人々を魅了し続けてきました。墨染めの衣をまとい頭巾をかぶった尼僧のやわらかな姿から、人々は、豊かな想像の世界を広げていたのです。後年の研究で不動明王の眷族「矜羯羅童子(こんがらどうじ)」だということが判明した今も、そのまま円空の永遠の恋人像としておいてほしい、という多くの希望が寄せられています。
◇神や仏を讚え、花や月を歌う
ヤマトタケルを祭神とする高賀神社は、高賀山を修験の場とする高賀信仰の本拠地で、洞戸村にあります。この神社には、円空作のなかでは最大の狛犬像をはじめとする円空仏のほかに、円空自筆の歌集が残されています。「立上る天の御空の神成か 高賀山の王かとぞ念(おもう)」
[ 飛騨の円空仏 ]
◇円熟期の迫力
ふたつの顔に4本ずつの腕と足。身の丈3mの大男にして俊足、弓刀を取っては100人力の怪人。病人や貧しい人々を救うヒーロー・両面宿儺(りょうめんすくな)。円空は、飛騨地方の伝説の人物をモデルに独自の力強い英雄神を造形しました。正面の顔の横にやや小さな顔を彫るという独創的な表現は、参拝者がふたつの顔を同時に拝むことができるようにしたためと伝えられています。
両面宿儺像が祀られた丹生川村の千光寺は真言宗の名刹で、ほかにも54体の円空仏が残されています。“立木の仁王”と呼ばれる仁王像は、2mを超す大作。生木に彫刻をほどこす立木彫りでつくられたと伝えられ、『近世畸人伝』には立ち枯れの巨木にはしごをかけ、鉈をふるう円空の姿が描かれています。また、頭や身体をなでると五体が丈夫になるという賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)。「おびんずるさん」と愛され、多くの人々の手で磨かれて、つるつるに光っています。
◇最高傑作のひとつ
円空は何度も飛騨を訪れ、多くの傑作を残していますが、国府町の清峯寺に残る十一面千手観音像もそのひとつ。庶民の苦悩を救済するという千手が美しい曲線をなし、温和な微笑をたたえた観音像です。
[ 誕生と終焉の地 ]
円空は美濃に生まれ、美濃で生涯を閉じました。生誕の地といわれる羽島市の中観音堂は、母の鎮魂を願って造像した十一面観音立像を祀るため、円空自身が建立したといわれています。半ば開いた唇が妖艶な微笑をたたえるこの観音像は高さ2m22cm、胎内に五輪塔が納められています。
晩年、円空は関市池尻に弥勒寺を再興し、64歳の生涯をみずから絶つまで、この寺の住職として定住しました。母を奪った長良川を静めるため、自らも長良川沿いで入定した円空。弥勒寺の跡とともに入定の碑「円空上人塚」がひっそりと残されています。
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