岐阜はいまでも傘の町
岐阜の代表的な特産品のなかでも、「実際に使う」という点から見ると、和傘ほど現代生活から縁遠くなってしまったものはないかもしれません。映画やテレビの時代劇、歌舞伎の舞台ではおなじみでも、実際に町中で出会うのはせいぜい商店の装飾に使われたものや野点傘など、ごく限られた場所だけでしょう。和服姿はときおり見かけることはあっても、雨が降ればまずは洋傘。思わずハッとする蛇の目姿の美人など、ついぞ見る機会はありません。
ところで、JR岐阜駅の南東、加納付属小学前のバス停から南進した突き当たりに国史跡加納城跡がありますが、現在は本丸の城壁と二の丸・隅櫓の一部がわずかに残り、あとは加納公園となっています。ちなみに初代の城主は奥平信昌で、徳川家康の長女亀姫の嫁いだ先でもあります。なんでこんなはなしをするかと言えば、じつはこの城跡の西側一帯に広がる加納地区こそ、かつて「加納傘」として全国にその名を知られた和傘の一大産地であり、最盛期より生産量は大幅に減ってはいるものの、いまでも全国で唯一蛇の目を生産している場所なのです。
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