柴田勝家 しばた かついえ
1530(享禄3)-1583(天正11) |
| 「瓶割り柴田」の異名を持つ織田軍団随一の猛将 |
朝倉敏景 あさくら としかげ1428(正長元)-1481(文明13) |
| 合理的思想で朝倉氏繁栄の基礎を築いた下克上の雄 |
北条早雲 ほうじょう そううん1432(永享4)-1519(永正16) |
| 知略をもって浪人からのしあがった戦国大名第一号 |
斎藤道三 さいとう どうさん1494(明応3)-1556(弘治2) |
| 親子二代で美濃の国盗りを果たす。下克上を象徴する戦国の梟雄 |
毛利元就 もうり もとなり1497(明応6)-1571(元亀2) |
| 計略と外交戦で中国地方を平定した知将 |
大内義隆 おおうち よしたか1507(永正4)-1551(天文20) |
| 西の京・山口の繁栄を築いた文人大名 |
今川義元 いまがわ よしもと1519(永正16)-1560(永禄3) |
| 窮鼠・信長に噛まれた「海道一の弓取り」 |
武田信玄 たけだ しんげん1521(大永元)-1573(天正元) |
| 最強の騎馬隊と戦術を駆使し、領国拡大をめざした「甲斐の虎」 |
千利休 せんの りきゅう1522〈大永2〉-1591〈天正19〉 |
| わびの美意識貫いた天下一の茶匠 |
明智光秀 あけち みつひで1528〈享禄元?〉-1582〈天正10〉 |
| 本能寺で信長を討ち天下盗りを狙うが、わずか11日で夢と散る |
大友宗麟 おおとも そうりん1530(享禄3)-1587(天正15) |
| 海外の動向に目を向けたキリシタン大名 |
上杉謙信 うえすぎ けんしん1530(享禄3)-1578(天正6) |
| 天性の軍略を用い、生涯を戦に捧げた「越後の龍」 |
ルイス・フロイス るいす ふろいす1532(天文2)-1597(慶長2) |
| 信長の厚遇を得てキリスト教の普及に努め、透徹した観察眼で『日本史』を著す |
朝倉義景 あさくら よしかげ1533(天文2)-1573(天正3) |
| 優柔不断で最後まで決戦をしなかった「しずかなる国」の御曹司 |
織田信長 おだ のぶなが1534(天文3)-1582(天正10) |
| 卓抜な戦略と独創性で天下統一を目指した「戦国の風雲児」 |
島津義弘 しまず よしひろ1535(天文4)-1619(元和5) |
| 敵陣中央突破で勇名を馳せた薩摩の武将 |
足利義輝 あしかが よしてる1536(天文5)-1565(永禄8) |
| 三好長慶との権力争いを繰り返して力尽きた「抜刀将軍」 |
豊臣秀吉 とよとみ ひでよし1537〈天文6〉-1598〈慶長3〉 |
| 足軽から身を起こし、信長の遺志を継いで天下統一 |
前田利家 まえだ としいえ1538(天文7)-1599(慶長4) |
| 篤実・律儀な豊臣政権の重鎮 |
徳川家康 とくがわ いえやす1542(天文11)-1616(元和2) |
| 苦難と労苦の長年月を経て天下を手中に納め、戦乱の世に終止符を打つ |
古田織部(重然) ふるた おりべ1544〈天文13〉-1615〈天和元〉 |
| 自由奔放な「織部好み」の感性によって、絢爛たる桃山文化をリードした大名茶人 |
浅井長政 あざい ながまさ1545(天文14)-1573(天正元) |
| 信義に殉じた湖北の雄 |
黒田如水 くろだ じょすい1546(天文15)-1604(慶長9) |
| 時代の情勢判断に長けた軍略家 |
お市の方 おいちのかた1547〈天文16?〉-1583(天正11) |
| 政略結婚によって翻弄された悲運の美女 |
本多忠勝 ほんだ ただかつ1548(天文17)-1610(慶長15 |
| 家康に滅私奉公した三河譜代の豪勇 |
北政所 きたの まんどころ1548(天文17)-1624(寛永元) |
| 秀吉を陰で支え、天下取りを助けた糟糠の妻 |
片桐且元 かたぎり かつもと1556(弘治2)-1615(元和元) |
| 家康との内通を疑われた豊臣の老臣 |
加藤清正 かとう きよまさ1559(永禄2)-1611(慶長16) |
| 土木工事にも優れた豊臣恩顧の猛将 |
石田三成 いしだ みつなり1560(永禄3)-1600(慶長5) |
| 秀吉の右腕として辣腕をふるった「知の参謀」 |
福島正則 ふくしま まさのり1561(永禄4)-1624(寛永元) |
| 家康に利用されたうえに改易された、秀吉子飼いの大名 |
井伊直政 いい なおまさ1561(永禄4)-1602(慶長7) |
| 家康の覇業を支えた「赤備え」の将 |
細川ガラシャ ほそかわ がらしゃ1563〈永禄6〉-1600〈慶長5〉 |
| 逆臣光秀の娘という十字架を一身に負いながらキリスト教に殉じた戦国の美女 |
森蘭丸 もり らんまる1565(永禄8)-1582(天正10) |
| 信長に重用された秀麗の若武者。将来を嘱望されていたが、本能寺で散る |
伊達政宗 だて まさむね1567(永禄10)-1636(寛永13) |
| 文武両道に優れた奥羽の覇者 |
淀君 よどぎみ1567(永禄10)-1615(元和元) |
| 豊臣家再興の悲願も成らず、大坂城で秀頼とともに自刃 |
金森長近 かなもり ながちか1574(大永4)-1608(慶長13) |
| 飛騨高山の町づくりを行なった茶人大名 |
小堀政一 こぼり えんしゅう1579〈天正7〉-1647〈正保4〉 |
| 茶の湯、建築、作庭、書、和歌に才を発揮し、徳川初期の文化をリードしたマルチタレント |
小早川秀秋 こばやかわ ひであき1582〈天正10〉-1602〈慶長7〉 |
| 当初西軍に付くも関ヶ原の戦で寝返り、東軍勝利を決定づけた青年武将 |
豊臣秀頼 とよとみ ひでより1593(文禄2)-1615(元和元) |
| 豊臣存亡の危機に際し、老獪家康の軍門に降った若きプリンス |
土岐一族 ときいちぞく?-? |
| 美濃一円を支配し、戦国前期の武家文化を彩った守護大名 |