
もりらんまる 
1565年〈永禄8〉−1582年〈天正10〉
織田信長の近習
信長に重用された秀麗の若武者。将来を嘱望されていたが、本能寺で散る
安土桃山時代の武士で、織田信長の小姓。美濃国金山(兼山)生まれ。父は森三左衛門可成(よしなり)、母は妙向禅尼という。信長は織田家の隆盛に功のあった森三左衛門の遺児らを大事に遇し、三男の蘭丸も十五歳になったとき、安土城に召して小姓とした。森家の家史を知らない人々は、信長がどうして蘭丸を取り立てるのか分からず、眉目秀麗なため単純に寵童としてみてきた。しかし、さまざまな逸話が残されているように才気を発揮し、次第に重用され、信長から「長」の字を賜り、長定と名乗った。1582年(天正10)正月、伊勢大神宮の遷宮に奉行として参列、同三月には十八歳の若さで美濃岩村城五万石の城主となった。しかしその三ヵ月後に本能寺の変が起こり、弟たちとともに明智勢と戦い、討死を遂げた。
関連人物
織田信長
関連コラム
蘭丸伝説
-->
ウィンドウを閉じる